
画像:「劇団25馬力 25周年記念公演 【25馬力+こふく劇場】 小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」公演チラシ(劇団こふく劇場公式サイトより引用)
8月9日(土)と10日(日)の2日間、宮崎県小林市で舞台「小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」の公演が行われた。以下、公演の概要とレビューを紹介する。
公演の概要
基本情報
公演名「劇団25馬力 25周年記念公演 【25馬力+こふく劇場】 小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」
作・藤井貴里彦 演出・永山智行
日時:2025年8月9日(土) 19:00~
8月 10日(日) 14:00~
会場:小林市文化会館 小ホール

写真:小林市文化会館(2025年8月10日撮影)
出演:劇団 25馬力のみなさん、劇団こふく劇場のみなさん、ほか
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劇団25馬力は小林市、劇団こふく劇場とその代表であり今回の公演の演出を手がける永山智行氏は三股町をそれぞれ拠点に活動を行っている。そして作者の藤井貴里彦氏(故人)は旧野尻町出身の劇作家である。
「小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」について
初演 2005年
上演時間 2時間
あらすじ
昭和30年代初め、コバヤシ市。小さなパン屋【タロのパン】は営業休止状態。父の清吉が瓶の蓋を開けようとして体を壊し、惚けてパン作りを忘れてしまったのだ。名古屋に嫁いで行った次女・あかね、バスの車掌の三女・たまみ、高校三年生の四女・かおり、そして母ハツエのこの家族には、けれどどうしても忘れられないことがあった。それは終戦直前に空襲で亡くなった、長女・めぐみのことだった・・・・・・ 当時の懐かしい歌謡曲の数々を交えて、家族やこの店を取り巻くおかしな人々に起こる、悲喜交々を描いた笑いと涙の物語。
引用元:「劇団25馬力 25周年記念公演 【25馬力+こふく劇場】 小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」公演チラシ
この作品は、1945(昭和20)年8月10日に起きた悲劇、米軍機の西小林国民学校機銃掃射をもとに作られたものである。そして今回、戦後80年という節目の年に、そして劇団25馬力の活動25周年を記念して上演された。
レビュー
開かない瓶の蓋
あなたの家にも蓋が開けにくい、あるいは開けられない瓶がないだろうか。ジャム、調味料の瓶等々・・・。瓶を片手で押さえ、もう片方の手で蓋をしっかりと握り、目一杯の力を込めて蓋を回そうとする。どうにか開けられたら一安心だが、それまでの必死の試みに伴う肉体的なエネルギーの集中と消耗感、そして一度開けられないくらいでは引き下がれなくなる謎の執着心は日常の中でも特異な体験である。「タロのパン」の店主、清吉も開かない瓶の魔力に取り憑かれた者の一人である。彼は瓶の蓋を開けられずに正気を失ってしまい、公園でシャボン玉を吹く日々を過ごすようになる。
私たちは日々、動かしがたい思いを抱えながら生きている。現状に対する不満や過去への後悔、トラウマ、そして大切な人との別れによる喪失感。それらは日常に追われ、たとえはっきりと意識していなくても心の片隅に留まり続ける。そしていざその思いを解消しようと試みても、反作用かのように執着している自分を見つけるばかりとなってしまう。清吉、そして妻のハツエ、三人娘のあかり、たまみ、はつね家族全員が、そんな動かし難い思いを亡くなった長女めぐみに対し抱いていたのではないだろうか。そして、彼女のいない未来を生きよう、彼女の死という喪失感から決別しようと思うほど、彼女が家族にとってかけがえのない存在であったことを思い知らされたのではないだろうか。ちょうど開かない瓶の蓋を開けようとしては失敗し、それでもまた開けようと試みるように。
そして瓶の蓋を開けようと意固地になっているとき、格好を取り繕うなどということはできなくなる。「開いてくれ」という願いを蓋を持つ手に込めながら、苦悶の表情を浮かべる。清吉はもちろん、彼の家族もまためぐみ亡き後の人生をきれいに生きることはできなかった。家族それぞれが彼女を失ったことにどうにか折り合いをつけようと、もがきながら生きていた。そしてそのもがきの中でも前を向き、それぞれの未来への希望や夢を描こうとしていた。
清吉一家にとって開かない瓶への苦闘は、そのままめぐみ亡き後を悲しみ、やり場のない感情、そしてその中でも希望を持って生きる人生そのものだったのではないだろうか。
終戦から時の隔たりが大きくなった今でも、学校やメディアを通して戦争の歴史を学び、当時の人々の悲惨な体験を知ることはできる。ただ当時を生きた人の現実を本当に理解するのは、果てしなく困難な営みである。そんな中舞台上に現れたあの瓶の存在によって、清吉ら家族や当時の人々の苦しみ、思いを理解するための手がかりを得られたような気がした。開かない瓶の蓋を開けるという当時も今も共通の経験が、現代を生きる私が感じる悩み、もやもやした感情と、彼らが感じていたことに繋がりを見出す可能性を示してくれたのだ。
おわりに
清吉が開かない瓶によって狂ったという設定は、こうして考えると決して荒唐無稽なものではなかったように思える。開かない蓋の瓶は、当時と現代の体験世界を繋ぐ回路であったかもしれない。
補足
小林市について
南九州中央部、宮崎県南西部に位置する人口約4万の自治体である(2025(令和7)年8月時点)。市内中心部へのアクセスは、自動車で宮崎市市街地からは1時間10分、都城市市街地からは50分ほど。1950(昭和25)年より市制が施行され、2006(平成18)年に旧須木村、2010(平成22)年に旧野尻町と合併し、現在に至る。豊かな自然を生かし、養鶏、養豚、果物栽培が盛んである。主な観光スポットとしては、コスモスの名所として知られる「生駒高原」がある。
西小林国民学校の機銃掃射
1945(昭和20)年8月10日午前9時頃、西小林駅前にアメリカのグラマン機が飛来し、西小林国民学校(現在の西小林小学校)の児童らに対し機銃掃射を行った。この襲撃により、即死者6名、負傷後に学校や仮設の病院で亡くなった者4名の計10名が命を落とした。
参考
- 「劇団25馬力 25周年記念公演 【25馬力+こふく劇場】 小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」公演チラシ
- 「劇団25馬力 25周年記念公演 【25馬力+こふく劇場】 小林三姉妹 ~幸せのパンの種~」パンフレット
- 宮崎県小林市公式ホームページ「市の概要」(https://www.city.kobayashi.lg.jp/gyoseijoho/shinogaiyo/index.html 参照2025/8/24)
- 「特集/戦後80年 未来に繋げ 命のバトン」.『広報こばやし』(2025年8月号),No.233,pp.4-5(https://www.city.kobayashi.lg.jp/material/files/group/1/20250801_3-11.pdf 参照2025/8/25)
- 同上,pp.14-15(https://www.city.kobayashi.lg.jp/material/files/group/1/20250801_12-19.pdf 参照2025/8/25)